日本のトップレベル研究者に聞く 研究者を志した動機と研究テーマ、日本の研究環境、国際動向と日中科学技術協力について
ISBN:9784863870598、本体価格:1,200円
日本図書コード分類:C0040(一般/単行本/自然科学/自然科学総記)
316頁、寸法:128×189×20mm、重量310g
発刊:2015/04

日本のトップレベル研究者に聞く 研究者を志した動機と研究テーマ、日本の研究環境、国際動向と日中科学技術協力について

【はじめに】
 本書は、日本の研究開発現場の最先端におられる27名のトップレベル研究者にインタビューした結果をまとめたものです。
 2014年度のノーベル物理学賞の受賞者3名が日本人研究者であったように、日本の科学技術レベルは世界的に見て非常に高いと考えられています。日本にはノーベル賞受賞者を頂点としてトップレベルの研究者が数多くいて、互いに切磋琢磨しながら研究開発を進めています。今回は、これら数多くのトップレベル研究者の中から、50歳未満の若手中堅の研究者で世界的な成果を挙げている方
を選び、日本の研究環境を中心にお話しを伺いました。
 私は、科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センターで海外動向を中心に調査分析を行っており、「序」に詳しく述べるようにその一環で中国との共同調査に資するためインタビューを行ったのですが、現在輝いている日本の若手中堅のトップレベルに直接インタビューしたことは、私にとって大変インパクトのある経験でした。そこで、このインタビュー結果を整理してできるだけ多くの関係者に読んでもらおうと考え、出版することを思い立ったものです。
 科学技術を扱う書籍としては、科学技術のテーマについて深く追求していないため物足りなく感じる点もあると思いますが、それを越えて研究者としての気迫、日本の研究システムへの洞察力ある意見、中国への視点などを味わっていただければと考えています。
 なお、すでに述べたように、日本には世界的に見ても優れた研究者が大勢います。今回この書籍に掲載した27名はその一部の方々に過ぎないと考えていますが、お会いした方々はいずれも一騎当千の研究者ばかりであり、個人的にはこれらの方々の中から将来ノーベル賞、フィールズ賞や日本国際賞、京都賞などの栄誉に輝く方ができるだけ多く出てほしいと願っています。
  2015年3月
科学技術振興機構 研究開発戦略センター上席フェロー(海外動向ユニット担当)  林 幸秀

【序】
 インタビュー内容に入る前に、今回インタビューを実施するに至った経緯を簡単に紹介したいと思います。

〔インタビューの目的〕
 一昔前までは、中国の科学技術レベルはそれ程ではなく、また研究開発に支出される経費も多くありませんでしたので、日本の科学技術関係者の目は米国や英国、ドイツ、フランスなど欧州主要国を向いており、それらの国との競争や協力が私たち科学技術関係者の中心課題でした。ところが21世紀に入り、中国の爆発的な経済発展にともない中国の科学技術レベルは急激に上昇しています。研究論文などの指標では、中国の方が日本より上位にあるといった評価結果も出ています。
 このため、著者が属する科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)では、科学技術の主要国となりつつある中国との競争と協力をどのように進めるかという点から、中国の科学技術情勢を継続的に調査分析しています。この業務に資するためCRDSでは、中国の政府機関である中国科学技術部(MOST)科学技術信息研究所(ISTIC)の間で了解覚書を結び、情報交換やワークショップの開催などの協力を行っています。
 今回ISTICと共同で、それぞれの国のトップレベル研究者にインタビューし、その結果を日中で対比することにより、それぞれの国における科学技術上の特徴や課題を抽出したいと考えました。

〔対象者の選定方法〕
 どのような研究者をインタビュー対象者として選定するかについて、私たちCRDSとISTICで話し合った結果、両国それぞれが次のような基準でトップレベルの研究者をリストアップし、それを持ち寄り両者で確認することにしました。具体的には、
・すでに、トップレベルの研究実績を挙げている研究者を選定する。
・自ら研究を実施している現役研究者を選定し、いわゆる大御所の研究者を避ける意味で若手中堅の研究者とし、年齢の上限をインタビュー実施時点で50歳未満とする。
・大学、国立研究機関、民間の研究機関などから幅広く人選をし、特定の組織に偏らないようにする。
・専門分野についてもバランスを取り、特定の研究分野に偏らないようにする。
・女性研究者を含める。

〔日本側の対象研究者〕
 前記のような基準に基づき、30名の研究者をリストアップしました。この際、特に問題となったのは、トップレベルの研究実績を挙げている研究者をどう選ぶかです。例えば、ノーベル賞受賞者や候補者と考えられる研究者を中心に選ぶという基準も考えられますが、日本は残念ながらそれ程多くなく、若手中堅という概念からも少し外れます。また、科学論文の引用度などの指標を使うことも考えましたが、客観的には見えるもののこれではあまりにも機械的過ぎると考え、これも避けることとしました。
 色々考えた結果、私たちCRDSで行った選定方法は次の通りです。
・若手研究者の登竜門といわれる賞の中で、比較的権威の高い賞を受賞した研究者をリストアップする。具体的な賞としては、日本学術振興会賞、日本学士院学術奨励賞、日本IBM科学賞、文部科学大臣表彰など。
・JSTが研究資金の配分を実施している機関であるので、JSTの研究資金配分担当者にヒアリングを行って、彼らが推薦する優れた研究者をリストアップする。
・月刊誌「文芸春秋」の2013年2月号の特集記事「総力取材 人材はここにいる 朝日、毎日、共同、東京…大手メディアと識者が選んだ108人 政治、経済、科学、芸術…10年後の日本を担う逸材を探し出した」にある科学関連の人材リストを考慮する。
・上記3つの考え方によりリスト原案を作成し、研究分野、所属機関、性別などを考慮して、最終的に30名を選定する。
 以上のような手法で選定された30名の概要は次の通りです。
・分野:ライフサイエンス分野11名、環境・エネルギー分野7名、電子情報通信分野6名、ナノテクノロジー・材料分野6名。
・所属機関:国立大学19名(内訳は東京大学10名、京都大学2名、東北大学2名、大阪大学1名、名古屋大学1名、東京医科歯科大学1名、東京工業大学1名、富山大学1名)、私立大学3名(内訳は慶應義塾大学2名、早稲田大学1名)、独立行政法人などの国立試験研究機関7名(内訳は国立情報学研究所1名、国立がん研究センター1名、理化学研究所1名、産業技術総合研究所1名、国立環境研究所1名、物質・材料研究機構1名、海洋研究開発機構1名)、民間研究機関(電力中央研究所)1名。
・男性27名、女性3名。
・日本出身29九名、中国出身1名(ただし、日本に帰化)。
 もちろん、選定した研究者以外にも素晴らしい研究者が大勢おられると思いますが、今回の選定についてはバランスを含め満足すべき結果と考えています。このリストを中国側に渡し、また中国側から23名に上る研究者のリストを貰い、双方で合意しました。

〔インタビュー実施方法〕
 当初は、日中双方の関係者が同席の下、インタビューを実施することを考えました。ところが、中国側の研究者にインタビューのアポイントメントを取ろうとしたところ日中間での政治的な緊張状況に鑑み日本人が同席するならばインタビューを受けたくないという意見が研究者側から出たとのことで、ISTICから日中別々にインタビューを実施したいとの要請を受けました。私は、中国のトップクラスの研究者の生の声が聞けるめったにないチャンスと考えて楽しみにしていましたが、インタビューができないとなると元も子もありませんので、やむを得ず日本人研究者は日本のCRDSが、中国人研究者は中国のISTICがそれぞれ分担して、別々にインタビューを行うことにしました。
 日本側のインタビューは、CRDS海外動向ユニットの林と岡山が中心となり、2013年の末から2014年のはじめにかけて実施しました。

〔質問内容〕
 日中双方の立会いの下でインタビューができないため、インタビューの際に研究者に問いかける内容を、予めCRDSとISTICで相談して決めました。
 具体的な内容は次の通りです。
 ●研究者を志した動機と研究テーマ
 ●日本の研究環境
  ・研究施設・研究設備・研究装置
  ・研究管理などの研究補助体制
  ・研究資金
  ・産学連携
  ・人材育成
  ・研究評価
 ●国際動向と日中協力
  ・ライバルの国や機関
  ・国際的な研究協力・人的交流
  ・中国の科学技術の状況
  ・日中科学技術協力
 このようなインタビューであれば研究テーマについて詳しく聞くのが王道でしょうが、今回は、日中両国の科学技術システム上の現状と課題を把握し両国で比較分析するのが中心眼目でしたので、それぞれの研究内容には深入りしませんでした。また、日本の研究者にとって中国の研究はそれ程ファミリアではなく、実際に協力している研究者が少ないことは予想されていましたが、日中共同調査であることもあって、あえて日中協力についても聞くことにしました。

〔結果の分析〕
 インタビューをすべて終えた時点で、テーマごとにインタビューした結果をカテゴライズし、それを分析した資料を作成して、2014年8月に中国青海省西寧市で日中共同ワークショップを開催して議論しました。その会合の概要は、「JST/CRDS・中国科学技術信息研究所共催研究会~日中若手トップレベル研究者を取り巻く研究環境~報告書」として刊行されており、またCRDSのホームページから閲覧できます。

〔本書の構成〕
 日中間でのワークショップが終了した段階で、インタビューを行った目的は達成できたのですが、「はじめに」でも述べたように現在輝いている一流研究者の応答が大変印象的であり、これを関係者と共有したいと考えて本書を作成しました。
 本書の構成ですが、研究分野ごとに一まとめとし、インタビュー対象者の多い順に「ライフサイエンス(10名)」、「環境・エネルギー(6名)」、「電子情報通信(6名)」、「ナノテクノロジー・材料(5名)」、としました。そして、各分野内での順序は、インタビュー対象者の姓を50音順にして並べました。インタビュー対象者は30名でしたが、そのうちの3名から本書籍への掲載を辞退したい旨の連絡があったため、全体で27名分のインタビュー記録になっています。

〔略語、科学用語集〕
 本書で共通的に用いられる科学技術関連機関、研究資金、科学論文などに係る略語等について、以下に解説を付しました。適宜参照いただきたいと思います。

①科学技術関連機関
 ・JST:文部科学省所管の独立行政法人「科学技術振興機構」の略称。
 ・CRDS:JSTに属する「研究開発戦略センター」の略称。
 ・JSPS:文部科学省所管の独立行政法人「日本学術振興会」の略称。
 ・NEDO:経済産業省所管の独立行政法人「新エネルギー・産業技術総合開発機構」の略称。
 ・NSF:「全米科学財団」の略称。基礎科学を中心に大学や研究所に資金提供している。
 ・NIH:米国保健福祉省公衆衛生局にある「国立衛生研究所」の略称。自ら30近くの研究所を有するとともに、他の大学や研究所への研究資金を支出している。
 ・DOE:米国「エネルギー省」の略称。エネルギー関連の研究開発や資金提供をしている。
 ・中国科学院:中国国務院に属する研究機関で、百以上の研究所を傘下に持ち、約6万人の研究者を擁する。
 ・MOST:中国国務院に属する行政機関である「科学技術部」の略称。
 ・ISTIC:MOSTに属する研究機関である「科学技術信息研究所」の略称。
 ・NFSC:中国国務院に属する「国家自然科学基金委員会」の略称。米国のNSFをモデルに創設された中国の基礎科学振興機関。

②研究資金
 ・競争的研究資金:広く研究開発課題等を募り、科学的・技術的な観点から課題を採択し、研究者等に配分する研究開発資金。
 ・運営費交付金:国が独立行政法人や国立大学に対して負託した業務を運営するために交付されるもの。経常的な経費が中心である。
 ・間接経費:競争的な研究資金を獲得した研究機関又は研究者の所属する研究機関に対し、研究実施にともなう研究機関の管理等に必要な経費として、研究に直接的に必要な経費(直接経費)の一定比率で配分される経費。
 ・マッチングファンド:国立研究所・大学と民間企業が互いに協力して実施する研究開発を支援する研究資金。
 ・ERATO:JSTが実施する戦略的創造研究推進事業の一つで、研究総括が直接指揮研究を行うプロジェクト。
 ・CREST:JSTが実施する戦略的創造研究推進事業の一つで、チーム型研究を行うプロジェクト。
 ・さきがけ:JSTが実施する戦略的創造研究推進事業の一つで、個人型研究プロジェクト。
 ・研究総括:JST戦略創造研究推進事業において、研究領域を熟知し参加者の選定とフォローアップを行う研究者。
 ・科学研究費補助金(科研費):人文・社会科学から自然科学まですべての分野にわたり、基礎から応用までのあらゆる学術研究(研究者の自由な発想に基づく研究)を格段に発展させることを目的とする競争的研究資金。
 ・基盤S:科研費の一種で、一課題5千万円以上2億円程度。研究補助期間は5年間。
 ・若手研究:科研費の一種で、若手研究者(39歳以下)が一人で行う研究への補助金。研究補助期間は2~4年間。
 ・WPI:平成19年度に文部科学省が開始した「世界トップレベル研究拠点プログラム」の略称。科学技術の力で世界をリードし、優秀な人材が世界中から集まる開かれた研究拠点の創生を目指す。
 ・グローバルCOEプログラム:我が国の大学院を充実・強化し、国際的に卓越した教育研究拠点の形成を目的とする文部科学省の事業。
 ・最先端・次世代研究開発支援プログラム(NEXT):平成二一年度補正予算により設けられた、将来、世界をリードすることが期待される潜在的可能性を持った研究者に対する研究支援を目的とするプログラム。
 ・厚生労働科学研究費補助金(厚労科研費):保健、医療、福祉、労働分野の課題に対し、科学的根拠に基づいた行政政策を行うため厚生労働省が支出している競争的な研究資金。

③科学論文
 ・ジャーナル:研究者が科学論文を投稿し、それを査読による審査を経て掲載する科学論文誌(学会誌、雑誌)を指す。『ネイチャー』や『サイエンス』などが有名。
 ・インパクトファクター:自然科学5900誌、社会科学1700誌を対象として、その科学論文誌の影響度、引用された頻度を測る指標。トムソンロイターのデータベース『ウェヴ・オブ・サイエンス』を元に算出。
 ・サイテーション:科学論文の引用のことで、サイテーション数の多さでその論文の科学的な価値が測られる。
 ・レフリー:科学論文誌の論文を査読する科学者のことで、科学論文の内容について審査を行い、掲載(アクセプト)、修正後に掲載、再査読、掲載拒否(リジェクト)などを判定する。
 ・ラストオーサー:科学論文の著者リストの最後に来る研究者で、原則として当該研究の考案、実施について管轄し、リードする人がなる。大抵は研究室を主宰する教授がなる。
 ・コレスポンディングオーサー:研究の対外的な責任者で、科学論文を投稿し査読結果の連絡を受け共著者に知らせる役割を持つ。
 ・ファーストオーサー:科学論文の著者リストの最初に来る著者で、論文を書きその内容をすべて把握している研究者。共著の場合は貢献度順に並ぶのが通例。

④その他
 ・ポストドクター(ポスドク):博士研究員のことで、博士号(ドクター)取得後に任期制の職に就いている研究者や、そのポスト自体を指す。
 ・知的財産権(知財):無形のもの、特に思索による成果・業績を認め、その権益を保証するために与えられる財産権。知的所有権とも呼ばれ、著作権や特許が代表的。
 ・テニュア:優秀な研究者に与えられる終身身分保障制度であり、学問の自由を保障する意味が強調されていたが、昨今は経済的安定の側面も存在する。
 ・ピアレビュー:査読を指し、研究者仲間や同分野の専門家による評価や検証。
 ・PI:Principal Investigatorの略語で、研究室や研究グループを指導する立場にある人。

【目次】
はじめに

第一部(ライフサイエンス)
 家田 真樹 慶應義塾大学医学部特任講師
 池谷 裕二 東京大学大学院薬学系研究科教授
 井上  彰 東北大学病院臨床研究推進センター特任准教授
 上田 泰己 東京大学大学院医学系研究科教授
 熊ノ郷 淳 大阪大学大学院医学系研究科教授
 柴田 龍弘 国立がん研究センターがんゲノミクス研究分野長
 高橋 英彦 京都大学大学院医学研究科准教授
 田中 元雅 理化学研究所脳科学総合研究センターチームリーダー
 東原 和成 東京大学大学院農学生命科学研究科教授
 柳田 素子 京都大学大学院医学研究科教授
第二部(環境・エネルギー)
 沖  大幹 東京大学生産技術研究所教授
 三枝 信子 国立環境研究所地球環境研究センター副センター長
 高井  研 海洋研究開発機構ユニットリーダー
 椿  範立 富山大学工学部教授
 廣瀬  敬 東京工業大学地球生命研究所所長
 渡邊 裕章 一般財団法人電力中央研究所上席研究員
第三部(電子情報通信)
 五十嵐健夫 東京大学大学院情報理工学系研究科教授
 伊藤 公平 慶応義塾大学理工学部物理情報工学科教授
 岩田  覚 東京大学大学院情報理工学系研究科教授
 河原林健一 国立情報学研究所情報学プリンシプル研究系教授
 齊藤 英治 東北大学原子分子材料科学高等研究機構教授
 松尾  豊 東京大学大学院工学系研究科准教授
第四部(ナノテクロノロジー・材料)
 伊丹健一郎 名古屋大学WPI・ITbM拠点長・教授
 大越 慎一 東京大学大学院理学系研究科教授
 染谷 隆夫 東京大学大学院工学系研究科教授
 塚越 一仁 物質・材料研究機構MANA主任研究者
 湯浅 新治 産業技術総合研究所ナノスピントロニクス研究センター長
あとがき
著者紹介

【著者紹介】
〔編著者〕
林 幸秀
〔著者〕
岡山 純子
家田 真樹
池谷 裕二
井上 彰
上田 泰己
熊ノ郷 淳
柴田 龍弘
高橋 敦子
田中 健二
東原 和成
柳田 素子
沖 大幹
三枝 信子
高井 研
椿 範立
廣瀬 敬
渡邊 裕章
五十嵐 健夫
伊藤 公平
岩田 覚
河原林 健一
齊藤 英治
松尾 豊
伊丹 健一郎
大越 慎一
染谷 隆夫
塚越 一仁
湯浅 新治