今こそ政策に一票を投じたい! ~政権選択から政策選択へ~
ISBN:9784863871250、本体価格:800円
日本図書コード分類:C3031(専門/単行本/社会科学/政治国防軍事)
92頁、寸法:148.5×210×6mm、重量168g
発刊:2020/09

今こそ政策に一票を投じたい! ~政権選択から政策選択へ~

【はじめに】
 本書の目的は、我が国の公職選挙において、立候補者や各政党が掲げる政策(公約)への投票も可能にすることにより、有権者に投票へのインセンティブを与えつつ、政策に対する有権者の賛否を民意という形で明らかにするとともに、選挙後においても、当選した候補者もしくは政権を委ねられた政党が政治活動や政権運営を行う上で、この民意を最大限尊重するよう義務付ける選挙制度を提案することである。
 新しい時代の到来を告げる改元が行われた令和元年の11月20日、安倍晋三内閣総理大臣の在職通算日数が、それまで歴代一位だった桂太郎の2,886日を抜き、日本憲政史上最長となった。桂太郎は、100年以上前の明治34(1901)年から大正2(1913)年の間に、西園寺公望と交代で3度首相を務めた、言わば歴史上の政治家であるが、安倍首相は、そのような政治家の記録を塗り替えたのである。
 平成24年12月の総選挙で民主党から政権を奪還した安倍政権は、いわゆる〝アベノミクス〟という経済政策や外交政策などで成果を挙げ、衆議院総選挙や参議院選挙で勝利を続けて両院ともに過半数の議席を常に確保してきたことが、在職通算日数の更新につながった。こうした極めて長期の政権が続く一方で、政権選択選挙と言われる総選挙の近年における投票率は、減少傾向に歯止めがかからず、平成24年12月の総選挙で安倍政権が誕生して以後、戦後最低の投票率を2度記録した。また、参議院議員通常選挙の投票率も、平成10年以降続いていた横ばい傾向から減少へと転じる兆しを見せている。
 このような投票率低迷の要因として、安倍政権が、本来は選挙の争点としなければならないほど重要な政治課題であっても、争点化されることを回避し、強引とも言える手法で政策決定を行うことや民意を無視した政権運営を進めてきたことがあると、筆者は考えている。例えば、集団的自衛権の行使を認める安全保障関連法案は、総選挙で民意を問うことなく、野党や多くの国民が反対する中、衆参の関係委員会で強行採決の末、平成27年9月に成立させた。同様の事例として、国民の知る権利の侵害との批判を受けた特定秘密保護法や国民の人権・自由を侵害するおそれが強いとされた改正組織犯罪処罰法を挙げることができる。
 また、令和元年5月26日に行われた安倍首相とアメリカのトランプ大統領との会談では、日米貿易交渉について同年7月の参院選での争点化を回避したい首相の要請がトランプ大統領によって受け入れられ、交渉妥結が選挙後まで延期された。さらに、沖縄県では、国政選挙や地方自治体の首長選挙において、普天間基地移設反対の候補者の当選が続き、移設反対という民意が何度も明確に示されたが、安倍政権によって無視され続けている。
 ここで筆者は、いたずらに安倍政権を批判しようとしているのではない。なぜなら、かかる事態は安倍政権に限って起きていることではなく、程度の差はあるものの、戦後の日本政治の歴史を振り返れば、何度か繰り返されてきたことだからである。問題は、「国民が政治に参加し、主権者としてその意思を政治に反映させることのできる最も重要かつ基本的な機会」である選挙が、非常に重要な政治課題について民意を問う機会ではなく、政権を獲得・維持する手段にしかなっておらず、また、民意が明確に示されても政権が無視し続けていることにより、有権者の〝堪忍袋の緒〟が切れ、投票意欲の低下を引き起こしている恐れが高いということである。
 そして、より重要であって、安倍政権下で起きている特有の問題は、有権者の投票意欲の低下が、現政権に国会での強固な基盤を与え、安倍首相による強引で民意を無視した政権運営を招いていること、換言すると、民主主義の出発点であるはずの選挙が、安倍首相に合法的な手段で権力を掌握することを許し、非民主主義的な政権運営を浄化できていないことである。我々有権者は、このことに気が付かなければならない。
 一方、地方選挙に目を転じると、全国の多くの自治体において同一の日程で行われている統一地方選挙では、首長・地方議会議員の選挙はともに投票率の長期的な減少傾向が続いている。筆者の独自調査によれば、調査時点(平成31年3月)の現職知事が選出された選挙の全国平均投票率は、40%程度まで低下している。こうした投票率低迷に加え、近年では、無投票当選の増加も指摘されるようになっており、特に市町村における選挙において、その傾向は顕著である。
 地方自治に関しては、平成12年4月に地方分権改革一括法が施行され、機関委任事務の廃止と国から地方への権限移譲が行われるとともに、国と地方の関係が「上下・主従」から「対等・協力」へと改められた。その後、一層の権限移譲や規制緩和などを主な内容とする第2次分権改革が平成19年から実施されたが、地方自治体が提供する行政サービスは、住民が地方分権改革を全く実感できないほど変化していないのが実態である。
 この要因は、地方行政の自主的・自立的運営が可能となった分権改革の成果を地方自治体が活かしきれていないことに加え、行政サービスの量や質を決定する重要な権限を国が留保し、地方に移譲されていないことにある。このため、有権者の関心は、強い権限を持たない地方自治体の選挙ではなく、法律等で自治体を強力に縛る権限を有する国の選挙に向かうのである。そして、有権者の関心が向かう国政選挙でさえ投票率が減少することに引きずられるように、地方選挙の投票率は、長期的な低迷状態から脱却できない。
 また、無投票当選の増加については、統一地方選挙などが行われる度に問題視されるが、その制度的な対策について議論されることはない。人口減少や過疎化による候補者不足という課題に対する処方箋を見つけることは容易なことではないが、有権者が政治に参加できる「最も重要かつ基本的な機会」が奪われていることは、農村部などで人口減少や過疎化がさらに進行することが予想される中で、決して放置してはならない重要課題である。
 さらに、昭和、平成、令和という時代の流れの中で、我が国が直面している政治課題は極めて多様化・複雑化しており、例えば総選挙における各政党のマニフェストを見ると、年金や高齢者福祉、少子化対策、税金、環境、外交・防衛など、本当に幅広い政治課題について公約が掲げられている。しかしながら、現在の選挙では、一人の候補者や一つの政党に投票できるだけであって、個々の政治課題に関する公約への賛否を表示することは不可能なのである。
 令和という新しい時代を迎えた今こそ、より多くの有権者が選挙に参加するよう投票へのインセンティブを与えるとともに、国民生活や社会経済に大きな影響を与える政治課題について必ず選挙で民意を問い、投票結果によって示された民意を最大限に尊重することを政治家や政党に義務付けるための選挙制度、そして、真に〝地方のことは地方が決める〟ことができる地方分権改革のあり方や増加する無投票当選への対応について国民的な議論を行い、そうした仕組みの創設を政治に求めていかなければならないのである。

【目次】
序章 はじめに
第1章 我が国の公職選挙における投票率の現状
 第1節 国政選挙における投票率の動向
 第2節 地方選挙における投票率の動向
 本章のまとめ
第2章 総選挙及び地方選挙における投票率減少の要因分析
 第1節 総選挙における投票率減少の要因分析
 第2節 地方選挙における投票率減少の要因分析
 第3節 総選挙と地方選挙で投票率減少要因が異なることに関する考察
 本章のまとめ
第3章 民主主義の出発点としての選挙に今求められる仕組み
 第1節 地方選挙及び総選挙における投票者の行動分析
  1 地方選挙における投票者の行動
  2 総選挙における投票者の行動
 第2節 投票しても表示することができない有権者の意思
 第3節 民主主義の出発点としての選挙に今求められる仕組み
  1 政策とその決定プロセス 55   2 現政権の政策決定プロセスの問題点と選挙に今求められる仕組み
 本章のまとめ
第4章 主権者の意思が真に尊重される選挙制度改革
 第1節 公約に対する意思表示を可能とする選挙制度改革
  1 新しい選挙制度の提言
  2 筆者が提案する選挙制度の検討課題
 第2節 地方選挙への投票意欲向上に資する地方分権改革
  1 第1次地方分権改革
  2 第2次地方分権改革
  3 地方選挙への投票意欲向上に資する地方分権改革
 本章のまとめ
終章 おわりに
参考文献

【著者紹介】
〔著者〕
古吉 貢