法隆寺金堂釈迦三尊像台座裏の「墨書十二文字」について 上代飛鳥期の魂魄観と死後観
ISBN:9784863871861、本体価格:2,700円
日本図書コード分類:C0095(一般/単行本/文学/日本文学評論随筆その他)
206頁、寸法:128×182×12mm、重量240g
発刊:2024/02

法隆寺金堂釈迦三尊像台座裏の「墨書十二文字」について 上代飛鳥期の魂魄観と死後観

まえがき】
 表題に掲げた「墨書十二文字」は、法隆寺昭和資財帳編纂事業に伴う同寺金堂諸像の調査過程において、平成元(1989)年12月6日、奈良国立博物館所属の阪田・関根両技官等による同寺金堂釈迦三尊像の台座調査中、木造二重宣字形台座上壇正面向かって右腰板の裏面より墨色線描の魚鳥画とともに発見されたものである。概要は平成2(1990)年5月発行の『伊珂 留我法隆寺昭和資材帳調査概報12号』所収の高田良信氏特別報告「釈迦三尊像の台座裏から発見された十二文字の墨書」によって知ることができる。その中で、本墨書は中村元・稲岡耕二・鬼頭清明以上三氏によって、「相見丂陵面楽識心了時者」(以下、稲岡氏釈文と称す)と釈読され、文意は「陵の面に相まみえよ陵に葬られている死者の魂をしずめるためには」という意味であろうとされている。しかし、稲岡氏釈文ならびに文意解釈については、異説があり未だ定説を見るに至っていない。異説の中には、釈文に関わる見解の相違は勿論、一文の性格あるいは内容についても、これを戯書、落書と見なすもの、あるいは文章としての完成度を疑うもの、更には前後欠落の断簡と見なし、首尾具わる完結の一文とは認めないものさえある。従って、文意についても、不明とするもの、あるいは隠語の如く解するもの等もあって、各説容易に一致しがたいものがある。主な異説は表1の通りである。諸説の見解は第3・第6・第10番の各文字については分かれているが、他の九文字については諸説の間に異論が見えない。

表1 先行諸説
   123456789101112 釈文者
(一)相見丂陵面楽識心陵了時者 稲岡耕二氏
(二)相見了陵面保識心陵了時者 福宿孝夫氏
(三)相見可陵面未識心陵可時者 東野治之氏
(四)相見可陵面示識心陵可時者 新川登亀男氏
(五)相見丂陵面示識心陵了時者 川端真理子氏
(六)相見丂陵面楽識心陵了時者 田村圓澄氏

 浅学ながら私見によれば、本墨書はわずか十二文字とはいえ、一句六字、上下二句一対の対句風構文をもってする首尾具わる完結の一文を成しており、その用字・用語・書風・構文・文意等何れも用例稀な独自の態様を見せており、この一文の作者の素養と文藻の並々ならぬ深さを物語っている。もとより、この一文は形式美を重んずる六朝美文とは趣を異にするが、文体は古様の実質美を具えており、文辞は壮重、文意は明快かつ厳粛であり、読む者をして粛然たらしめる品格を備えている。殊に本墨書の文末には断定の助辞「者」が配されており、この一文が作文者自身の確信的な認識と心情を表白したものであることを物語っている。従って、その文意もまた極めて明白かつ厳粛なものであろうことが察せられる。
 本墨書は法隆寺金堂釈迦三尊像の造立時期と同時期の揮毫に成るものと考えられている。従ってわずか十二文字とはいいながら、本墨書は推古朝における文字文化が、その実質において如何なる水準のものであったかを具体的に物語る貴重な史料として、発見の意義はきわめて重いと考えられる。以下本稿は『伊珂留我12号』表紙(図1)に基づく本墨書十二文字の用字・用語・書風・文意・構文等の検討を通して、当該一文の作者が表白せんとした確信的な認識が何であったかを明らかにしようとするものである。卑見を述 べるに先だって、まず筆者が知り得た先行の諸説の概要に触れておきたい。

【目次】
まえがき
一、先行諸説
二、本墨書の書風
三、墨書各文字の検討と釈文
四、語釈
五、上代風訓読文とその文意・思想
六、結び
あとがき
【付録】
萬葉集未詳歌詞の訓義について
萬葉集巻第十六掉尾の歌の解釈―「葉非左思」の訓義を中心として―
萬葉集未詳歌詞の訓義について
 一 高市皇子歌
 二 高田女王歌
 三 比等母祢能
 四 麻具波思麻度尓
 五 阿尓久夜斯豆之
 六 幸于紀温泉之時額田王作歌
萬葉集巻第十六掉尾の歌の解釈―「葉非左思」の訓義を中心として―
 はしがき/一/二/三/四/結び

【著者紹介】
〔著者〕
内田 久夫
〔編集者〕
内田 尚仁