近想遠望Ⅶ 続々─ある脳外科医の残日録─医療・死・仏教そして日本の未来
ISBN:9784863872202、本体価格:1,364円
日本図書コード分類:C0023(一般/単行本/歴史地理/伝記)
87頁、寸法:148.5×210×7mm、重量171g
発刊:2026/06

【はじめに】
約七十年前、私が高校生の頃「谷間に三つの鐘がなる」(ジミー・ブラウン作/ザ・ブラウンズ歌)を聞き、人の一生はこういうものかと、はっきり心に刻んだのを今でも鮮明に覚えています。谷間に響く三つの鐘は、誕生と結婚式そして天に召された時を村中に知らせるもので、愛する人の死を悼み、鐘の音が別れを象徴しているのです。
現在地球上には、八十億人以上の人が住んでおり、一人一人顔が異なるように、過去の経験、現在の生活環境、社会状況、国情も異なりますが、自分自身の人生を必死で生きています。前述の歌「谷間に三つの鐘が鳴る」の牧歌的に人の一生の節目を示す時代は、すでに過去のものになってしまいました。その時代に比べて、今の世界はあまりにも時間が過ぎるのが速すぎ、未来が予想できないくらいに複雑で危険な状況だと思っています。周知のごとく自国第一主義が世界中に拡散し、貧富の差は広がる一方(一説には世界の富の半分を約一%の富裕層が占めているという)、世界中で異常気象が頻発しています。そして決定的に状況を変えたのは、生成AIの急速な発展です。フェイクニュースも、一瞬のうちに世界中に拡散してしまう世になりました。
ただ確実に言えることは、心身共に成長し、社会の一員として何らかの貢献をしているときには意識しませんが、この世に生をうけたときから絶対避けられない「死」に向かって時を刻んでいるということです。脳神経外科医を志した同級生も、その半数は幽冥境を異にしました。最近外国の友人並びに全国にいる先輩・同輩・後輩の訃報に接する機会が多くなり、寂寥感もひとしおです。高齢になると皆さん同様な心持ちになることはあるでしょう。
私は仕事の関係で多くの方々の「死」の瞬間に立ち会いました。その間際に「先生お世話になりました。天上で見守りますよ」と最期まで手を握って逝かれた方、講演会で小学生にお話をした後に「僕の家族は
先生に助けられました。あの時父が脳動脈瘤で死んでいたら僕は今ここにいません」と書いてくれた児童など、私の心を鼓舞する多くの感謝をいただいたこともあるのです。困難な脳神経外科医の道を歩んできた喜びがあったことも付記させてください。
本編では「池波正太郎氏の時代小説」から教わり実践した組織マネージメント、私自身の「死」の淵の体験、四国遍路旅からご教示いただいた仏道と「死」、そして「ブッダ」に近づく日常の心構え、最近話題になっているAIと医療、働き方改革・令和二十六年度から順次実施される改正医療法、最近の医療人への想い、そして再び諸氏からご意見をいただいた日本が世界の中で立つ位置として「永世中立国・平和国やまと」が望ましい理由などについて私見を記したいと思います。最後は私の料理教室について恥ずかしながら少し言及しましょう。
【あとがき】
窓の外は近年まれな厳寒で、午前三時には行き来する人も車もない静寂の街となっています。近くのビルの谷間の上空には、冷たく冬の星座が時を刻む様に瞬いています。私は人さまが寝静まった時間が好きで、今日も一人でパソコンにむかっています。
私が著書とも言えない雑文を書き始めて、九冊目になります。
子供の頃からの記憶や家族に教わった古風ともいえる生き方を懐かしく思い出し、時には脱線しながら七回目の年男の年齢になってしまいました。静かに過去を振り返るとき、その時代ごとに私を導き、教えをいただいた人々が目に浮かびます。同郷の小学生の同級生約十数名とは現在も交友関係は続いており、年一回の食事会は老いゆく心に生き続ける喜びを与えてくれます。小学校時代の同級生がそろって見舞った病床で「皆仲良くやりなさいよ」と諭していただいた女性の先生の思い出は、同級生の心に深く刻まれ今も生き続けています。
私が医師の道を歩み、当時日本では導入されたばかりであった脳神経外科を生涯の道と選択した時の恩師・西本 詮先生、先輩の先生方、そして同じ志で脳神経外科という坂道をお互いに励まし、時には叱咤激励してくれた同輩や後輩の医師たち、とくに私が指導医になってからの皆さんの一人一人の顔を思い浮かべながら、各人の個性や努力に思い至れば、つくづく私は皆さんに助けられここまで歩むことができたと感慨深くなります。
私が定年退職後の、JA香川厚生連理事長時代には、関連二病院の再開発に関して、宮武利弘前会長、川波健一元監事等皆様のご支援は生涯忘れられないご恩を感じます。
今でもよく覚えているのですが、私が医学部から推薦を受け香川大学長に立候補の決意をしたときに(当時六十八歳)、T病院の執行部へ説明に伺った時のことでした。T院長が涙を流しながら「先生はどうして人のためにそこまでするのですか? 死にますよ」と私のことを心配して諫めていただいた時の情景は、今でも熱く優しい思い出として心に残っています。長い付き合いになるI教授が、私に学長への立候補を強く勧めるため何度も訪れました。彼曰く「私は二百メートル先の針の穴を通しますよ」と言われたのには、彼の想いの強さに深く心を動かされました。
子供の頃、祖母がたらいに水を入れ、その中心を押しやると周辺の水が手前に流れてくるのを何回も見せ「世の中はこのようなもの、人に尽くせばやがて自分に返ってくる」と説明してくれました。この教えは今も私の矜恃として生きているのです。
また米国留学(シカゴ)では、共同研究者のピーターと義兄弟となり、現在もメールのやり取りをしています。多人種の医療関係者の中で色々軋轢もありましたが、結局はみな人は同じ、誠意を尽くせば相手にもそれが通ずることを経験し、世界観・人間感が広くなり心の余裕も生まれたのでした。
本文中にも何回も記しましたが、現在世界の動きは自分中心主義、分断の世界、そして富の偏在などが原因で、戦争・紛争が地球上のいたるところで勃発しており、八十年間戦争等を経験していない日本も、やがてその渦中に飲み込まれるのではないかと強く憂慮しています。先の大戦終戦時、三歳であった私さえも、物資不足、食糧不足の生活を結構覚えており、あの時のような状況は後輩たちには経験させたくないという思いから、前著と本著で私なりのこの国の進むべき進路を書かせていただきました。
いざその時になって主張して運動を起こしても遅いのです。
今の世界は、特に大国と言われる国の指導者は、「和をもって貴しとなす」の精神欠如者で、なぜ当該国民やおかしいと思っている平和国家の指導者が、もっと強烈に人類の平和を目指しスクラムを組んで行動に出ないのか切歯扼腕しています。
私の家は代々真言宗の信者で、現真言宗善通寺派の菅智潤大僧正・管主でいらっしゃる師は、元々我が家が檀家であった長寿院(三豊市詫間)でお勤めをされた方で、私は子供の頃から親しくお教えをいただいた師なのです。折に触れ多くの仏教関係の著書をお送りいただき、ある時は私の文章を訂正もしていただいた大先達でもあります。現在も師の寛大なお教えに感謝の毎日です。
仏教では、自他を含めてすべては実体のないもの「空」の思想が、一貫して教えの中心です。万一核爆弾が使用されると最悪の場合、世界は滅亡します。本当に現世を「空」にしてよいはずはありません。
世界中の人々はそれぞれの立場で必死に生き抜いています。
次期指導者たちはよく現状を見、庶民の心身の苦しみを頭に叩き込んで欲しいものです。
仏のご加護をお祈りしている毎日です。
「冬の星 地球の平和永久に」
【目次】
はじめに
第一章 池波正太郎氏の教え
一.『鬼平犯科帳』の教える事柄
二.『剣客商売』から教えていただいたもの
第二章 私は三度御仏に救われました
一.冷や汗が出るほどの愚行を止めてくださったこと
二.冬山での臨死体験
三.電柱直撃寸前の出来事
第三章 死と仏教
一.死について
二.なぜ人は「死」について恐怖を抱くのでしょうか
三.死と宗教について
四.仏道修行に目覚めたいきさつ
第四章 医療の遠望
一.AIの導入と医療現場
二.医療にかかわる人たちの志はどこへ
三.医療経済の将来は
四.最新の医療情報から
第五章 再び日本の将来像について
一.私は急ぎすぎか?
二.日本は宗教的に中立で中道を歩いてきた
三.日本は八十年間世界平和に尽くしてきた
四.日本の立ち位置はこのままでいいのか
五.世界中の人々は日本に興味を示している
第六章 私の料理教室(二)
あとがき
謝辞
【著者紹介】
〔著者〕
長尾 省吾