疎開児の夏 昭和19年夏~昭和20年夏
ISBN:9784863872226、本体価格:1,000円
日本図書コード分類:C0023(一般/単行本/歴史地理/伝記)
124頁、寸法:128×182×8mm、重量150g
発刊:2026/08

疎開児の夏 昭和19年夏~昭和20年夏

【まえがき】
本書のタイトル「疎開児の夏』の〈疎開児童〉をご存じでしょうか?
戦後生まれが9割を占めるこの国でも、〈ソカイタイケン〉とか〈ソカイジドウ〉という言葉は耳にしたことがあるだろう。しかし、その実態はというと首をかしげる人が多いのではないだろうか。学童疎開は戦局が悪化し、B29の爆撃機による都市への空襲が激しくなった昭和19年以降、日本政府が都市部の国民学校初等科(現在の小学校)に通う子どもたちを安全とされる地域に移住させた措置である。目的は子どもたちの命を空襲から守ることではあったが、都市の防空態勢を強化し、戦意の喪失を防ぐことも含まれていた。また、子どもたちを将来の戦力として温存することも大きな目的であったろう。
学童疎開には大きく分けて二種類あった。一つは縁故疎開。親戚や知人の家を頼り、個人的に避難する方法。もう一つは集団疎開。学校単位や地域単位で、まとまって農村や地方に移動し、お寺や農家、公民館などで集団生活を送りながら勉強や農作業を行う方法である。疎開対象となった都市は東京・横浜・大阪・名古屋・北九州など全国18都市で、疎開先は都市から100~200キロ圏内の農村地帯であった。疎開児童とは戦時下における防空対策の象徴的存在でもあり、その数およそ60万人が移動したといわれている。
著者の稲孝子さんは小学三年生のとき、縁故疎開で大阪から高松の親類に移住することになった。大阪で何人もの職人を使ってモノづくりをする、豊かな商売人の生活から一転、縁故先の大人・子どもとの軋礫の中で必死にもがいている著者の生活ぶりは、読んでいて胸が苦しくなるほどだ。
また、私自身、この書ではじめて「奢侈品等製造販売制限規則」通称「7・7禁令」(1940年・昭和15年7月7日に施行されたことからこの呼び名がついた)を初めて知った。稲さんのご尊祖父が製造販売していた金庫商売に停止命令がくだされたのである。戦争とは一言でいうと「日常が非日常になる」ことであるが、稲さんこそ両親や祖父母をはじめ周りの大人たちから愛され、いつくしまれていた日常が、国家権力によりごっそりと引きはがされ、非日常の世界へと暗転していった当事者なのである。
戦後81年、一人称で戦争の記憶を語れる人はほんの一握りの人になった。これからは書物や視聴覚機器を駆使しての語り伝えが何としても必要になってくるであろう。にもかかわらず、現在、日本政府は猛スピードで自衛隊を米軍と一体化させるべく南西諸島には様々な軍事施設が建設されている。
私たちの足元を見れば、一昨年、高松港を「特定利用港湾」つまり、防衛力強化のため、国家が自衛隊や海上保安庁が平時から円滑に利用できるよう指定したのである。市民のための港湾、市民のための空港をなぜ軍事目的のために差し出さなければいけないのか。昨年、初めての孫に恵まれた友人は「孫は本当にかわいい、けどこの子が生きていく社会がどれほど過酷なものになるのか……と思うと手放しでかわいいとばかりは言っておれない」と複雑な表情を見せていた。同感である。
戦後81年、戦争体験を語る人がほぼいなくなった状態で戦争への準備が始まった。疎開体験、空襲体験、ご家族の戦場体験など様々な戦争の記憶を鮮やかにする著者の稲孝子さんは91歳。いくつもの体の不調を抱えつつも、一人でも多くの人に戦争の愚かさ、惨さを伝えようと日々短歌に詠み、文章に綴られている。
ぜひともお読みいただきたい一冊である。
『「歴史は消せない!」みんなの会』会報「きざむ」編集長 文責:矢代 富子

【あとがき】
1990年代末、歴史修正主義の波に抗して、高松の市民運動の人々が結集して『「歴史は消せない!」みんなの会』が成立した。その後の2000年代初頭のイラク戦争時、積極的な反戦運動を展開し、その後の2011年の福島第一原発事故以降、反原発運動へとつながり、現在に至っている。
会報「きざむ」は停刊したままであったが、有力な書き手であった稲孝子(旧姓:吉田)さんが2023年暮れに大病に罹患され、幸い回復なさったが、その折、「きざむ」に残した文章が残念だと漏らされたことをきっかけに、稲さんの戦争体験を中核とした文章を冊子化することにし、元の仲間が協力して、翌年24年4月、第1冊目の「ここはお国を何百里」が発行され、予定では6月に2冊目「疎開児の夏」ができることになっていた。
稲さんに少し書き直したいという希望があり、それでは、とお願いしていたところ、ご高齢からくる体調不良が続き、2年半が経過した。
その間、「疎開児、、」の第2章に予定していた高松空襲の記憶「鉛色の太陽」を別冊化し、さらに8、9年前発行した「語り伝えて」を再発行するなどの作業を行なってきた。
この度、書き直しは最小限にお願いして、「疎開児の夏」を4冊目として発行することにした。
編集、事務をお引き受けした私の仕事もこれで終わる。これまで協力してくださった旧メンバーの皆様、新たに冊子を買ってくださった皆様、読んでくださった皆様に心から感謝申し上げます。
憲法の改悪が進もうとする現在、この戦争の記憶を残すことには新たな意義が生まれていると信じます。多くの方に読んでいただくことを希望しています。
橋本 恭子(編集、事務担当) 2026年7月

【著者紹介】
〔著者〕
稲 孝子
〔編集者〕
橋本 恭子