「学ぶこと」と「生きること」をつなぐ「ものがたり」 主体×主体の関係が生み出す深い学びをめざして
ISBN:9784863870932、本体価格:1,500円
日本図書コード分類:C3037(専門/単行本/社会科学/教育)
274頁、寸法:210×282×15mm、重量725g
発刊:2018/06

「学ぶこと」と「生きること」をつなぐ「ものがたり」 主体×主体の関係が生み出す深い学びをめざして

【まえがき】
 向暑の候、ご参会の皆様方におかれましては、ご多用中、本校の教育研究発表会にお越しいただき、誠にありがとうございます。
 本校では、前回の研究発表会から、「『学ぶこと』と『生きること』をつなぐ『ものがたり』」というテーマについて、全教員一丸となって取り組んでいます。「ものがたり」とは本校のナラティブ・アプローチの核であり、語ると言う行為そのものと語られた「物語」の両方を意味しています。そして、「ものがたり」のもつ力を活かした授業によって、生涯学び続けようとする強い学習意欲をもった生徒の育成をめざし、様々なアプローチを続けてきました。そして、個の文脈から新たな物語が生まれる単元構成と問いについて言及するとともに、生徒が、クリティカルに聴く・問うということができるための教師の関わり方についても実践を重ねてまいりました。本年度はサブタイトルを「主体×主体の関係が生み出す深い学びをめざして」と掲げ、「深い学びを生み出す問いは適切であったか?」など、「問い」に着目して、課題を各教科それぞれの切り口でさらに掘り下げ、「主体的な学び、対話的な学び、深い学び」が具現化しているか、「応じる」ことができる生徒は育成されているかなどを、実践を通じて検討しています。まだまだ不十分な点も多々あろうかと存じます。ご参会の皆様方からのご指導・ご助言をいただき、さらに研究を深めてまいりたいと存じます。どうぞご忌憚のないご意見を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
 本日、ご講演を頂きます、上智大学総合人間科学部教授、奈須正裕先生におかれましては、大変お忙しい中、ご講演をお願いいたしましたところ、心よくお引き受け頂きありがとうございました。この場を借りまして厚く御礼申し上げます。「学びの質と、学校の任務の再定義」という捉えは、私どもの研究内容の真髄であり、「『ものがたり』による学びの変革とこれからの学校教育.情報の伝達から意味の形成支援へ.」と題しまして、ご講演をいただけますことは、今後の研究の前進に向けた指針をお示しくださるものと期待しています。
 最後になりましたが、本教育研究会の開催にあたり。多大なご支援をいただきました香川県教育委員会、坂出市教育委員会、宇多津町教育委員会、綾川町教育委員会、香川県中学校校長会、坂出市中学校校長会、綾歌郡中学校校長会、香川県中学校教育研究会、坂出・綾歌中学校教育研究会、並びに関係各位に厚く御礼申し上げます。
   平成30年6月8日  香川大学教育学部附属坂出中学校校長 高木 由美子

【あとがき】
 人はどうして学ぼうとするのか。
 人は多くの場合、楽観的に考えつつも、自分にとって意味や価値があると感じる方向に進もうとします。もしこの意味や価値の自覚があれば、自分の学びに対する考え方や行動様式を自己更新しようとするはずです。しかし本来は、自分を変えようとすることにはかなりのエネルギーが必要であるので、変えない方が楽です。また、自分の進むべき学びの方向が定まらずにいる場合が多く見られます。
 学ぼうとする者は、何のために学ぶのかを考え、対象を学びつつ、学び方自体も改良していきます。そして、以前よりも効率の良い、より深い学びを展開して対象を吸収していきます。このように考えると、学びというものは、内容だけでなく、学ぼうとする意識や姿勢、そしてその過程に影響するところが大きいのではないでしょうか。
 この学ぼうとする意識は、人の内面にあってとても見えにくいものです。しかし、「人の学びづくり」となる教育においては、この内面にまで踏み込み、その意識の状況や変化を捉えていこうとしなければ、学ぶことの真の姿は見えてきません。ただ、この見えにくいものは、学びの過程を通して生徒の活動や語りの中から引き出し、表出させることができるはずです。そして、コントロールすることができるはずです。
 本校が研究を進めている「ものがたり」の授業づくりは、変わりゆく社会を生きつつ、うまく自己更新しながら学び続けようとする「人の学びづくり」の本質に迫ろうとするものです。特に今回は、問いづくりと応じる聴き手の働きに着目して研究実践を重ねてまいりました。
 ・「ものがたり」の授業とは、どのようなものであるか。
 ・生徒の学ぼうとする意識が引き出され、何が内面に構成され、何ができるようになったのか。
 ・「ものがたり」の形成にあたって、問いづくりや応じる聴き手の役割が効果的に働いているか。
など様々な視点で本研究発表会での授業を拝見していただければ幸いです。そして、まだまだ研究半ばであるため、今後の研究の発展に向けた忌憚のないご意見をいただければ幸いです。

 研究の過程では、上智大学総合人間科学部の奈須正裕先生、早稲田大学教育学部の藤井千春先生には、多くのご示唆をいただきました。また、奈須先生には、本研究発表会においても「『ものがたり』による学びの変革とこれからの学校教育~情報の伝達から意味の形成支援へ~」と題してご講演をいただきます。今後の授業づくりのために多くの気づきが得られるものと期待しております。

 最後になりましたが、本研究を進めるにあたり、ご指導・ご助言をいただきました関係各位、機関の先生方に心より感謝の意を表したいと存じます。
   副校長 石川 恭広

【目次】
●まえがき(香川大学教育学部附属坂出中学校校長 高木 由美子)
●総論
 研究主題
 Ⅰ 研究主題について
 Ⅱ 「ものがたり」の授業を成立させるために
 Ⅲ 今期の研究の視点
 Ⅳ 4層(共通Ⅰ・Ⅱ・総合学習シャトル・CAN)のカリキュラム整備
 Ⅴ 「主体×主体の関係」づくりに向けて
 Ⅵ 主な成果と今後の研究の方向性
●各教科及び学校保健提案・指導案
 国語 言語による認識の力をつけ、豊かな言語文化を育む国語教室の創造-ものがたりをつむぐ「語り直し」を生み出す指導・支援のあり方-(大西 小百合・田村 恭子)
 社会 これからの社会のあり方を自ら考える 民主社会の形成者の育成をめざした社会科学習のあり方-「今・ここ」を相対化し、再構成される「社会的自己」の「ものがたり」を通して-(山城 貴彦・大和田 俊)
 数学 数学化のよさを実感できる生徒の育成-数学の本質に気づく「問い」と生徒の「振り返り」を通して-(大西 光宏・渡辺 宏司・山田 真也)
 理科 科学的に対話し、探究する中で自然をとらえ直す生徒の育成-科学する共同体の中でつむがれる「ものがたり」を通して-(鷲辺 章宏・山下 慎平)
 音楽 音楽のよさや美しさを味わい、音楽とのかかわりを深める学習のあり方-音楽観の変容からつむがれる「ものがたり」を通して-(堀田 真央)
 美術 創造活動の喜びを見出す美術の学習-思いを語り合い、聴き合うことで発想を広げ、感じ方を深める-(渡邊 洋往)
 保健体育 運動・スポーツの面白さに浸り、豊かなスポーツライフの実現へつなぐ保健体育学習-運動・スポーツの本質を問い続ける共同体づくり-(石川 敦子・德永 貴仁)
 技術・家庭 よりよい生活を未来へつなぐ実践力を育む技術・家庭科教育-実生活を見つめ、聴き合い、語り合うことで生まれる「ものがたり」を通して-(池下 香・渡邉 広規)
 外国語 コミュニケーションへの意欲を高める英語授業の創造-「ものがたり」から生まれる主体的な言語活動を通して-(明田 典浩・伊賀 梨恵)
 学校保健 生涯にわたる健康で健全なライフスタイルの確立をめざして-中学生における自尊感情を高める健康相談のあり方-(日本 亜矢)
●総合学習シャトル
●総合学習CAN
●講演
  演題 「ものがたり」による学びの変革とこれからの学校教育-情報の伝達から意味の形成支援へ-
  講師  上智大学総合人間科学部 教授 奈須 正裕
●あとがき(副校長 石川 恭広)

【著者紹介】
〔編集者〕
香川大学教育学部附属坂出中学校
〔監著者〕
高木 由美子
石川 恭広
〔編著者〕
山城 貴彦
大和田 俊
鷲辺 章宏
渡辺 宏司
渡邊 洋往
山田 真也
石川 敦子
堀田 真央
德永 貴仁
田村 恭子
山下 慎平
〔著者〕
大西 小百合
大西 光宏
池下 香
渡邉 広規
明田 典浩
伊賀 梨恵
日本 亜矢
奈須 正裕

【本校研究の基盤となっている主な理論】

〔社会構成主義〕
 現実の社会現象や、社会に存在する事実や実態、意味とは、すべて人々の頭の中でつくり上げられたものであり、それを離れては存在しないとする社会学の立場。学習とは、外から来る知識の受容と蓄積ではなく、学習者自らの中に知識を精緻化し(再)構築する過程であるとする。
 社会構成主義の学習観は、次の3点を前提にしている。
 ① 学習とは、学習者自身が知識を構成していく過程である。
 ② 知識は状況に依存している。そして、おかれている状況の中で知識を活用することに意味がある。
 ③ 学習は共同体の中での相互作用を通じて行われる。
 このような前提により、学習者は受け身的な存在ではなく、積極的に意味を見つけ出すために主体的に世界とかかわる存在になる。一方、教師は学習者を支援する役割を担うが、学習者にとっては多くのリソースの一つと見なされる。

〔正統的周辺参加論〕
 学習というものを「実践の共同体への周辺的参加から十全的参加(full participation)へ向けて、成員としてアイデンティティを形成する過程」としてとらえる。
 学習者が獲得するのは環境についての認知的構造ではなく、環境の中での振る舞い方(状況的学習)であり、実践コミュニティに新参者として周辺的に参加し、次第にコミュニティ内で重要な役割や仕事を担っていくプロセスそのものが学習であるとする。

〔ナラティヴ・アプローチ〕
 ナラティヴ(語り、物語)という概念を手がかりにしてなんらかの現象に迫る方法。
 「語り」も「物語」も単なる出来事だけでできあがっているのではなく、その時の「思い」や「感情」なども語られるが、「思い」や「感情」だけでは「物語」は成立せず、出来事があってはじめてその時の「思い」や「感情」が意味をもつ。複数の出来事の連鎖、すなわち、複数の出来事を時間軸上に並べてその順序関係を示すことが、ナラティヴの基本的な特徴である。学習論としては、「我々はそれぞれの経験に沿って自らが生成した物語に意味がある」ことを前提とする。

〔認知的個性(CI)〕
 さまざまな認知的な能力やスタイルなどの個人差を包括的にとらえ直す個性の新たな概念。学習において、個人のもつ障害や才能も含めて多様な認知発達的特徴・個人差を、「認知的個性」(CI:Cognitive Individuality)という包括的な概念でとらえ直すことで、児童生徒の認知的個性を識別して、学習を個性化する方策を探ろうとする。