「学ぶこと」と「生きること」をつなぐ「ものがたり」 個が響き合う共同体をめざしてして
ISBN:9784863870734、本体価格:1,500円
日本図書コード分類:C3037(専門/単行本/社会科学/教育)
244頁、寸法:210×282×14mm、重量725g
発刊:2016/06

「学ぶこと」と「生きること」をつなぐ「ものがたり」 個が響き合う共同体をめざしてして

【まえがき】
 初夏の風に肌も汗ばむ頃となりました。本日は、ご多用の中、本校の教育研究発表会にご参会いただき、誠にありがとうございます。
 本校では、社会構成主義を基軸とした学びのあり方について研究を進め、新たな時代の新しい学びを拓くべく模索を続け、実践を積み重ねております。
 前回の研究発表会では、ナラティブ・アプローチとしての「語り」の研究を継続し、個々の学習者の学びの文脈に沿う学習指導法を「自己物語」の視点から追究し、生涯学習を視野に入れた「学ぶこと」と「生きること」の統合を具現化するカリキュラム構想について提案いたしました。
 今期は研究テーマを「『学ぶこと』と『生きること』をつなぐ『ものがたり』」としました。「ものがたり」とは、本校のナラティブ・アプローチの核であり、「語る」という行為そのものと、語られた「物語」の両方を意味しています。この「ものがたり」の持つ力を活かした授業によって、生涯学び続けようとする強い学習意欲を持った生徒の育成を目指しています。そのため、個の文脈から新たな「ものがたり」が生まれる単元構成と問いについて研究すると共に、生徒がクリティカルに聴く・問うことができるための教師のかかわり方についても実践を重ねて参りました。これらは全て、「生徒が主体的に学ぶ」「学びの主役となる」ための研究です。このことは、次期学習指導要領が求めている「自ら課題を発見し、その解決に向けて主体的・協働的に探究する」学習、いわゆる「アクティブ・ラーニング」と共通しています。つまり「アクティブ・ラーニング」に正対する、本校独自の「生徒が学びの主役となる」ためのアプローチが「ものがたり」の授業であるとも言えます。
 また、本校にとって「生徒が主体的に学ぶ」ためのもう一つの柱である、総合学習CANを含むカリキュラム構想についても提案いたします。
 まだまだ不十分な点も多々あろうかと存じます。ご参会の皆様方からのご批判、ご助言をいただき、さらに研究を深めて参りたいと存じます。どうぞご忌憚のないご意見を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
 なお、本教育研究発表会に際しまして、東京大学大学院教授の秋田喜代美先生には事前に何度も丁寧なご指導をいただきました。さらに本日、「学びの物語を保障する授業」と題しまして、ご講演をいただけますことは、私どもにとりまして、今後の研究の前進に向けた指針をお示しくださるものと深く感謝申し上げます。
 最後になりましたが、本教育研究会の開催にあたり、多大なご支援をいただきました香川県教育委員会、坂出市教育委員会、綾川町教育委員会、宇多津町教育委員会、香川県中学校校長会、坂出市中学校校長会、綾歌郡中学校校長会、香川県中学校教育研究会、坂出・綾歌中学校教育委員会、ならびに関係各位に厚く御礼申し上げます。
   平成28年6月17日  香川大学教育学部附属坂出中学校 校長 高木 由美子

【あとがき】
 「生涯にわたって学び続けようとする、強い学習意欲を育てるにはどうすればよいか」
 本校は一貫してこの問いを追究し続けてきました。
 「学習意欲」の変化は外から見えにくく、定量化して成果を検証することが困難です。そのため、教育研究の対象になりにくい面があります。しかし、本校は敢えてこの「学習意欲」を研究し続けてきました。人間は知性だけで行動しているわけではありません。数値で計れる成果だけでなく、生徒の内面まで踏み込み、感情や感性の動きまで見つめなければ「学ぶ」ことの真の姿は見えてこない、そう考えるからです。
 そして、この「学習意欲」を育てるための手段が「ものがたり」の授業です。
 「ものがたり」も誤解を生みやすい言葉です。しかし、敢えて私たちは使っています。
「物語」には必ず主人公がいます。「ものがたり」の授業も同じです。一人一人の生徒が主人公で、主体的に学びにかかわっていく授業です。学習課題に対して、教材と,指導者と、同じ学習者である他者と、それぞれ積極的にかかわり、自己の体験や既有の知識を総動員して、自らの中に自分だけの「ものがたり」を構成していくのです。構成された「ものがたり」が仮に、公式や定理などの客観的、普遍的なものであったとしても、考え抜いた末に「なるほど、そうだったのか」という実感を伴う深い理解に到達したなら、ただ効率的に教え込まれただけでは生まれない大きな感性の動きがあります。それが、「おもしろい」「もっとやりたい」という強い意欲につながっていくと考えるのです。
 このような「ものがたり」を生み出す授業では、当然「どのように学ぶか」が重要になります。単元構成と問い(課題)によって、「ものがたり」が生まれるかどうかが決まってきます。これは次期学習指導要領のキーワード「アクティブ・ラーニング」とも共通する点です。どちらも生徒が「主体的に」学ぶことが必須の条件です。ただ、「アクティブ・ラーニング」では、「何ができるようになったか」という生徒の外面に現れる成果に着目するのに対し、「ものがたり」の授業では生徒の内面に「何が構成されたか」に着目します。この点から「ものがたり」の授業は「アクティブ・ラーニング」に正対するものだと考えています。
 以上のような考えで研究と実践を積み重ねて参りましたが、「言うは易く行うは難し」です。未熟な私たちが、どれだけの生徒に「ものがたり」を生み出させることができたのか、また本当に「学習意欲」につながっていくのか、厳しくご批判いただければ幸いです。
 なお、本紀要の巻末には本校前校長で、「物語り」研究の先駆者でもある、香川大学の伊藤裕康先生から「『ものがたり』の類を基軸とした授業づくりの意義」と題した論考を寄稿いただきました。現代社会における「ものがたり」の必要性を解説した内容であり、本校研究への温かいご支援に、心より感謝申し上げます。
研究の過程で、東京大学の秋田喜代美先生、藤江康彦先生には多くのご示唆をいただきました。また、秋田先生には「学びの物語を保障する授業」と題してご講演をいただきます。今後の授業作りのために多くの気づきが得られるものと期待しております。
 最後になりましたが、本研究を進めるにあたり、ご指導・ご助言をいただきました関係各位・機関の先生方に心より感謝の意を表したいと存じます。
   副校長 小林 理昭

【目次】
まえがき(香川大学教育学部附属坂出中学校校長 高木 由美子)

総 論
 研究主題
 Ⅰ 研究主題について
 Ⅱ 研究の目的と構想
 Ⅲ 研究の内容
 Ⅳ 主な成果と今後の研究の方向性

各教科及び学校保健提案・指導案
 国 語  言語による認識の力をつけ、豊かな言語文化を育む国語教室の創造-ものがたる力を高めるための指導・支援のあり方(大西 小百合・三浦 宏紀)
 社 会  豊かな社会認識の形成と能動的な社会的実践者の育成をめざした社会科学習のあり方-合意形成をめざし社会的自己ものがたりを深めあう共同体づくりを通して(山城 貴彦・大和田 俊)
 数 学  数学から学ぶことの価値を実感する生徒の育成-数学の本質に気づく「問い」と数学と自己のかかわりを見つめ直す「語り直し」を通して(大前 和弘・渡辺 宏司・大西 光宏)
 理 科  科学的な見方や考え方を高め、理科を学ぶ意味や価値を実感できる生徒の育成-科学する共同体の中でつむがれる「ものがたり」を通して(若林 教裕・鷲辺 章宏)
 音 楽  音楽のよさや美しさを味わうことのできる音楽学習のあり方-共同体の中で自己の音楽観を見つめ、音楽の「ものがたり」を深める(堀田 真央)
 保健体育 運動の魅力を実感し、生涯にわたって運動に親しむ生徒を育成する保健体育学習-運動の持続的な実践へ問い続ける「ものがたり」共同体(三宅 健司・石川 敦子)
 技術家庭 よりよい生活をめざす意欲・態度を育む技術・家庭科教育-実生活を見つめ、語り直すことで生まれる「新たな自己『ものがたり』」を通して(渡邉 広規・池下 香)
 外国語  コミュニケーションへの意欲を高める英語授業の創造-つながり、伝え合う言語活動における「ものがたり」を通して(明田 典浩・伊賀 梨恵)
 学校保健 生涯にわたる健康で健全なライフスタイルの確立をめざして-健全な自尊感情を育むことを目指した予防教育の取り組み(高岡 加苗)

総合学習シャトル

総合学習CAN

講 演
 演題「学びの物語を保障する授業」 講師 東京大学大学院教育学研究科教授 秋田 喜代美

研究によせて(香川大学教育学部 伊藤 裕康)

あとがき(副校長 小林 理昭)

【著者紹介】
〔編集者〕
香川大学教育学部附属坂出中学校
〔監著者〕
高木 由美子
小林 理昭
〔編著者〕
山城 貴彦
大和田 俊
大前 和弘
渡辺 宏司
若林 教裕
堀田 真央
三宅 健司
石川 敦子
渡邉 広規
池下 香
伊賀 梨恵
〔著者〕
大西 小百合
三浦 宏紀
大西 光宏
鷲辺 章宏
明田 典浩
高岡 加苗
秋田 喜代美

【本校研究の基盤となっている主な理論】

〔社会構成主義〕
 現実の社会現象や、社会に存在する事実や実態、意味とは、すべて人々の頭の中でつくり上げられたものであり、それを離れては存在しないとする社会学の立場。学習とは、外から来る知識の受容と蓄積ではなく、学習者自らの中に知識を精緻化し(再)構築する過程であるとする。
 社会構成主義の学習観は、次の3点を前提にしている。
 ① 学習とは、学習者自身が知識を構成していく過程である。
 ② 知識は状況に依存している。そして、おかれている状況の中で知識を活用することに意味がある。
 ③ 学習は共同体の中での相互作用を通じて行われる。
 このような前提により、学習者は受け身的な存在ではなく、積極的に意味を見つけ出すために主体的に世界とかかわる存在になる。一方、教師は学習者を支援する役割を担うが、学習者にとっては多くのリソースの一つと見なされる。

〔正統的周辺参加論〕
 学習というものを「実践の共同体への周辺的参加から十全的参加(full participation)へ向けて、成員としてアイデンティティを形成する過程」としてとらえる。
 学習者が獲得するのは環境についての認知的構造ではなく、環境の中での振る舞い方(状況的学習)であり、実践コミュニティに新参者として周辺的に参加し、次第にコミュニティ内で重要な役割や仕事を担っていくプロセスそのものが学習であるとする。

〔ナラティヴ・アプローチ〕
 ナラティヴ(語り、物語)という概念を手がかりにしてなんらかの現象に迫る方法。
 「語り」も「物語」も単なる出来事だけでできあがっているのではなく、その時の「思い」や「感情」なども語られるが、「思い」や「感情」だけでは「物語」は成立せず、出来事があってはじめてその時の「思い」や「感情」が意味をもつ。複数の出来事の連鎖、すなわち、複数の出来事を時間軸上に並べてその順序関係を示すことが、ナラティヴの基本的な特徴である。学習論としては、「我々はそれぞれの経験に沿って自らが生成した物語に意味がある」ことを前提とする。

〔認知的個性(CI)〕
 さまざまな認知的な能力やスタイルなどの個人差を包括的にとらえ直す個性の新たな概念。学習において、個人のもつ障害や才能も含めて多様な認知発達的特徴・個人差を、「認知的個性」(CI:Cognitive Individuality)という包括的な概念でとらえ直すことで、児童生徒の認知的個性を識別して、学習を個性化する方策を探ろうとする。