ナラティヴ・エデュケーション入門(第2版)
ISBN:9784863871113、本体価格:800円
日本図書コード分類:C1011(教養/単行本/哲学心理学宗教/心理学)
75頁、寸法:148×210×7mm、重量120g
発刊:2020/02

ナラティヴ・エデュケーション入門(第2版)

【はじめに】
 見える効果や成果のためのナラティヴではなく、質的により深く、より真実に迫るような気づきに満ちたナラティヴの生成とはどのようなものであろうか。
 またそのような「ナラティヴの機能」モデルを、教育や授業に活かすとしたら、教師にはどのような姿勢が求められるのであろうか? その理論化は可能であろうか?授業で使えるツールになるのであろうか?
 本書の発端は、香川大学教育学部と香川大学教育学部附属坂出中学校、附属高松小学校との共同研究プロジェクトとして、香川大学附属坂出中学校にて、平成28年8月26日、附属高松小学校の河田先生と、綾上中学校の川田先生の授業実践報告をいただき、さらに、竹森がナラティヴ・セラピーにおけるナラティヴの解説を行うといった、放課後のワークショップにはじまった。
 香川大学教育学部附属坂出中学校では、それまでに、「物語り」「語り」「ものがたり」に着目した数々の素晴らしい授業実践をおこなってこられていた。私は、そこに心理臨床で用いられている“ナラティヴ”の概念を加えることで見えてくるポイントがあるのではないかと感じた。また、授業や教育場面での児童生徒理解や指導においても、「使えるツール」としてナラティヴの理論化や体系化を進めたいと思っている。その第一弾として、本書がある。本書の取り組みは、「ナラティヴ・エデュケーション」というナラティヴの“生成”を目指した冒険である。

 第1章においては、ナラティヴ・エデュケーションという概念についての説明を、香川大学教育学部の竹森が行った。竹森の専門領域は、臨床心理学やカウンセリングであり、家族療法やシステム論的アプローチに力点を置きつつ、ナラティヴ・セラピーにも関心を持っている。
 第2章において、香川大学教育学部の伊藤先生に、附属坂出中学校での「ものがたり」に着目した取り組みについて紹介いただいた。伊藤先生は、附属坂出中学校に物語り論を導入された方である。
 第3章では、附属高松小学校河田先生に、総合学習における教室と地域との行き来による素晴らしい展開について、10年の教育実践の成果を抽出していただいた。
 第4章では、綾上中学校の川田先生の国語教育での実践を紹介してくださっている。詩を通して、言葉が深まっていく様子が見て取れる。川田先生は、附属坂出中学校に所属の時に物語り論による授業を実践され著書としてまとめられている。現在の公立中学校でも物語りを用いた教育の有効性を実感されている。

 第5章では、理解教育の中での教師の“問い”と生徒の“物語り”の相互作用しながら深まっていく実践を、若林先生に紹介して頂いた。理科ならではの教材を用いて仕掛けていく。教師の示す姿勢や仕掛け方については、他の先生方と共通する点が多くみられ、興味深い。
 各章で、どのように展開したのか、どのような視点にたって、どのような理解のなかでナラティヴを引き出したのか、ナラティヴを引き出す「仕掛け」とはなにか、そのなかでどのように変容するのか?などについて、入門書として骨子を描いていただいた。特に、教師の“こつ”や教師に求められる“姿勢”を抽出していただいた。
 第6章は、これらの3つの実践事例を通して、また、附属坂出中学校の山城先生をはじめ多くの先生方との議論を通して、いま教育現場で重視されている「主体性」と「創造性」、「共同(協働)性」の仕組みを読み解くことにつながる「ナラティヴ」の考え方を整理したものである。また、ナラティヴは、「アクティヴ・ラーニング」の核となると考えている。

 香川大学教育学部の伊藤先生、附属坂出中学校の山城先生との私の研究室での熱い討議の中で、『ナラティヴなくして、アクティヴなし』という言葉が印象に残っている。

 この本が、“ナラティヴ”を参照したいと考えている、多くの教師の方々のお手元に届くことを願ってやみません。
   編者 竹森 元彦

【おわりに】
 平成28年10月にはじまった“ナラティヴ”という概念を用いた授業実践理解という取り組みを、香川大学教育学部附属坂出附属中学校による「ものがたり」に着目した教育の成熟の中に位置づけることができたことは、とても幸運であった。
 現在の医療にみられる、エビデンス・ベースド・メディスンと、ナラティヴ・ベースド・メディスンという二つの医療のパラダイムが重視されているように、教育のエビデンスを明らかにする重要性と共に、教育の質を問うことが、さらに求められるであろう。授業での児童生徒との瞬間、瞬間の関わりの中に、児童生徒の“生きてきたすべて”が内包されている。問いかける自己の感覚、ナラティヴの内容、ナラティヴに含まれる葛藤のあり方は、ナラティヴが生き生きと語られるほど、その児童生徒の内的世界を描き出してくる。
 それは、私の専門領域である心理療法やカウンセリングでも全く同じである。その瞬間、瞬間に、クライエントとカウンセラーの間に、日常生活での関わりや考え方が再演されてくる。語られた内容だけではなく、その背景にあるその人の歴史に常に着目して、クライエントの全体性を理解することが必要なのである。
 そのような瞬間、瞬間の心の動きと瑞々しさ、児童生徒の可能性に着目した“ナラティヴ”のモデルを用いると、授業での関係性のなかに、児童生徒の生活すべてが含まれるとして捉えることもできる。そのような、子どもたちの未来を規定するナラティヴを、授業の中で取り扱い、クラスの仲間と受け止め合うことができる。心理療法で言いう「トリートメント」が可能となるように思う。そのように考えると、教室という場や授業を通して教師が行えるいじめや不登校への有効な視座となるであろう。
 定期的な研究集会において素晴らしい授業実践を快く見せていだき、私を受け入れて下さった香川大学教育学部附属坂出中学校の副校長先生や教頭先生をはじめとして、先生方、私の研究室まで何度も足を運び共に考えて下さり、6章の内容を何度も議論させていただいた同中学校の山城貴彦先生、この度の実践をナラティヴの観点からわかりやすくまとめてくださった附属高松小学校の河田祥司先生、綾上中学校の川田英之先生、附属坂出中学校の若林教裕先生に御礼申し上げます。先生方の実践をクロスすることで、教科や小中を超えてナラティヴの概念をもちいて説明できる可能性を示唆いただけたと思います。
 臨床心理学を専門とする香川大学教育学部の山田俊介教授、橋本忠行准教授にもコメントを頂き、私のすすむべき「臨床心理学」と「教育」の融合の可能性を理論的にも支持頂いたように思います。
 私は、心理療法やカウンセリングを専門としているので、ナラティヴ・セラピーという概念が、学校現場や授業展開への適応がどの程度、有効なのかについて、正直よく実感がもてず、当初は足元がおぼつかなかった。その不安を解消するために、ナラティヴによる授業過程における解釈を、各先生方に何度もお話しして、その適応を確認させていただいた。まさに、“無知の姿勢”による“共同性(協働性)”の発生であったと思う。
 しかし、むしろ、授業過程における教師と生徒の関係性、生徒と生徒の関係性の“質”を読み解くことや、そのダイナミックスにみられる、自発性、創造性、共同性、傾聴の発生についての説明概念としても、心理臨床の言葉や考え方が大変有効であると実感した。
 香川大学教育学部伊藤裕康先生におきましては、お忙しい中、ご助言下さったり、2章にて、これまでの附属坂出中学校の実践の歴史や要点をまとめてくださり、ありがとうございます。
 この本は、「ナラティヴ・エデュケーション」という言葉を用いた、日本でも唯一の指南書であると思います。その意味で、この考え方は、まだ出発の緒についたばかりです。
 この入門書を読み、ご参考下さり、「ナラティヴ・エデュケーション」の観点から、ご自身の授業・教育実践を読み解くような取り組みがさらになされることを心から祈っております。
 なお、本書刊行は、香川大学教育学部の「学部・附属共同研究プロジェクト」の経費によるものです。ここに記して深く御礼申し上げます。
   平成29年3月20日  香川大学教育学部教授 竹森 元彦

【目次】
はじめに(竹森 元彦)
1章 “ナラティヴ・エデュケーション” とは何か?(竹森 元彦)
2章 香川大学教育学部附属坂出中学校の教育実践研究から 「ナラティヴ・エデュケーション」を学ぶ(伊藤 裕康)
3章 ナラティヴ・エデュケーションと総合学習(河田 祥司)
4章 ナラティヴ・エデュケーションと国語教育(川田 英之)
5章 理科を学ぶ意味や価値を見出し、深い学びを実感する授業実践~3年「運動と力」の単元を通して~(若林 教裕)
6章 あらためて、『ナラティヴ・エデュケーション』を問う(竹森 元彦)
おわりに(竹森 元彦)
執筆者・研究協力者

【著者紹介】
〔編著者〕
竹森 元彦
〔著者〕
伊藤 裕康
河田 祥司
川田 英之
若林 教裕