「わたし」が変わる「ものがたり」の学び2022 語り合い、探求する中で、「自己に引きつけた語り」を生み出すカリキュラムの提案
ISBN:9784863871632、本体価格:1,500円
日本図書コード分類:C3037(専門/単行本/社会科学/教育)
335頁、寸法:210×283×18mm、重量885g
発刊:2022/06

「わたし」が変わる「ものがたり」の学び2022 語り合い、探求する中で、「自己に引きつけた語り」を生み出すカリキュラムの提案

【まえがき】
今年も、はや梅雨の季節となりましたが、皆様におかれましてはご清栄のこととお慶び申し上げます。このたびはお忙しい中、本校の教育研究発表会にご参加いただき心より御礼申し上げます。2年ぶりの香川大学教育学部坂出中学校研究紀要をここにお届けいたします。本紀要は本日の教育研究発表会の各発表の基調資料であるとともに本校のこの2年間の教育研究活動の集大成として発刊されるものです。
本校では、長年にわたり継続してナラティヴ・アプローチにもとづく授業づくりを通じた学習者の育成について実践的研究を重ね、現在、その研究テーマを「『わたし』が変わる『ものがたり』の学び」という言葉で定式化しております。学習とは学習者本人にとって自分が変わることである。そのことを実感しその楽しさや喜びをすべての教科で数多く経験することで一生を通じて意欲的で自覚的に学習していく学習者が育っていく。そのような学校を目指すという考えがこの研究テーマには込められています。この学校全体としての研究の基調報告は本紀要の総論に収められています。
一方、学習者が学習活動の中で自分が変わる実感を持つ「ものがたりの授業」をどれだけ作ることができるか、学習者が「学び」と「わたし」をつなぐ「自己にひきつけた語り」と
してその学習経験を対象化できるかは、もとより各教科の固有の専門性を踏まえた授業研究にかかっています。本紀要の大きな部分を占めているのは、各教科がこの2年間に本校の研究テーマの共通理解にもとづいてどのような授業研究を行ってきたかの報告です。
さらに、「共創型探究学習CAN」は原則として各学年1名からなる異学年生徒の小集団が最上級生のイニシアティブのもとにそれぞれのユニークなテーマについて自分たちで選んだ方法で探究をしていく活動ですが、その指導の経験を対象化した報告も本紀要の重要な部分となっています。生徒に自分たちで探究活動をさせることは言うまでもなくすべての教師の夢であり、今後のわが国の中等教育においてますます強調されていくと思われますが、それがどのように可能かについて本紀要は重要な問題提起となっていると信じます。
本日ご講演いただく上智大学人間科学部の奈須正裕先生ならびに慶応義塾大学教職課程センターの鹿毛雅治先生におかれましては、ご多忙の中、快く講演をお引き受け頂きありがとうございました。この場をお借りして改めて御礼申し上げます。
最後になりましたが、本教育研究発表会の開催にあたり多大なご支援を賜りました、香川県教育委員会、坂出市教育委員会、宇多津町教育委員会、綾川町教育委員会、香川県中学校長会、坂出市中学校長会、綾歌郡中学校長会、香川県中学校教育研究会、坂出・綾歌中学校教育研究会、ならびに関係各位に厚く御礼申し上げます。
令和4年6月10日 香川大学教育学部附属坂出中学校 校長 笠 潤平

【あとがき】
「生涯にわたって学び続ける生徒を育てる。」本校は一貫してこの問いを追究し続けてきました。
近年、本校が研究テーマに掲げている「ものがたり」の授業づくりもその一つです。
「授業研究」というと、「どういう発問をし、どういう授業を構成すれば、目標に到達できたか」と言った形で語られることが多いのではないでしょうか。再現可能性を前提として、教材、指示、発問などを追究しようとする方法です。
しかし、授業は、様々な要素が複雑に絡み合って構成される流動的なものです。ある授業でうまくいった発問が、他のクラスでもうまくいくとは限らないことは、私たちは経験上実感しています。教師にとって都合のよい答えを常に生徒が言ってくれるはずはなく、かえって突拍子もない生徒の答えが、授業を深めることも多々あります。教師の発する一言が生徒の深い学びにつながることもあれば、その逆もあります。
そう考えると、本来、授業というものは再現可能なものでなく、すべて「1回性のものである」と言えます。そして、「授業は1回きりだからこそすばらしいのだ」という発想に立つと、(語弊を恐れずに言うならば、)「すべて授業は『「ものがたり』である」のではないでしょうか。
生徒たちが夢中になって課題を追究する姿、自己に引きつけて語り合っている姿、学びを深めている姿……そうした姿がどうして生まれたのか。あるいは生まれなかったのか。「教師のしかけ」によって生まれたのか、別の要素によるものなのか。それらを検討することこそ、本来の授業研究であると考えます。「ものがたり」の視点に立つことは、それに正対した授業づくりです。もちろん、未熟な私たちが、どれだけの生徒の「ものがたり」を生み出させることができたのか、また本当に「学び続ける意欲」につながっていたのか等、厳しくご批判いただければ幸いです。
また、共創型探究学習CANは、文部科学省研究開発学校の指定を受けて4年目となります。GAFAやFANGといった、数十年前には存在すらしなかった会社が、世界の企業ランキングの上位を占める現在、これからの未来を生きていく生徒たちはどのような力をつければよいか。総合学習の一つの形としての「探究の『ものがたり』」として提案させていただきます。今後の研究の発展に向けた忌憚のないご意見をいただければ幸いです。
上智大学総合人間科学部教育学科の奈須正裕先生には、本研究発表会において、共創型探究学習CANについてご講演をいただきます。また、慶應義塾大学教職課程センターの鹿毛雅治先生には、研究の過程で、多くのご示唆をいただきました。本日も、シンポジウムにて、「授業づくりを語る~この世に一度きりしかない授業を子どもたちと一緒に創り出すために~」と題してご講演をいただきます。今後の授業づくりに向けて多くの気づきが得られると期待しております。
最後になりましたが、本研究を進めるにあたり、ご指導・ご助言をいただきました関係各位、機関の先生方に心より感謝の意を表したいと存じます。
令和4年6月 副校長 川田 英之

【目次】
まえがき
総 論
研究主題
Ⅰ 研究主題について
Ⅱ 今期の研究の視点
1 研究の目的と研究構想図
2 研究の内容
(1)「ものがたりの授業」づくり
(2)「共創型探究学習CAN・シャトル」の取り組み
(3)「語り合いの時間」・特別の教科道徳・特別活動における取り組み
Ⅲ 主な成果と今後の研究の方向性
各教科 提案・指導案
 国語 言語による認識の力をつけ、豊かな言語文化を育む国語教室の創造 - 読むことを通して読みの方略を獲得する国語科授業の在り方 -
 社会 これからの社会のあり方を自ら考える 民主社会の形成者の育成をめざした社会科学習のあり方 - 「社会観」を語り合うことを通して「今・ここ」を相対化し「社会的自己」を捉え直す -
 数学 数学で語ることの意味や価値を実感できる生徒の育成 - 数学的活動を意識した授業から生まれる「ものがたり」を通して -
 理科 進んで自然とかかわり、見通しをもって探究できる生徒の育成 - 科学する共同体の中でつむがれる「ものがたり」を通して -
 音楽 音や音楽の意味を見出し、音楽とのかかわりを深める学習のあり方 - 音楽観の捉え直しや変容からつむがれる「ものがたり」を通して -
 美術 創造活動の価値を見出す美術の学び - 創造活動を通して「美」を探究し、自分にとっての「美」を探求する生徒の育成 -
 保健体育 健康やスポーツの価値を実感する保健体育学習のあり方 - 探究する学びから生まれる「ものがたり」を通して -
 技術・家庭 持続可能な社会を構築する実践力を育む技術・家庭科教育 - 生活を語り合い、問題解決を実践することで生まれる「ものがたり」を通して -
 外国語 コミュニケーションの喜び・感動を味わう英語授業の創造 - 「探究的な学び」から生まれる「ものがたり」を通して -
「共創型探究学習CAN・シャトル」・「語り合いの時間」
講演 演題 探究で広がる子どもの世界 講師 上智大学総合人間科学部教育学科 教授 奈須正裕
シンポジウム 演題 授業づくりを語る -この世に一度きりしかない授業を子どもたちと一緒に創り出すために- 講師 慶應義塾大学教職課程センター 教授 鹿毛雅治
あとがき

【著者紹介】
〔編集者〕
香川大学教育学部附属坂出中学校
〔監著者〕
笠 潤平
川田 英之
〔編著者〕
渡辺 宏司
大西 正芳
島根 雅史
吉田 真人
大西 昌代
木村 香織
逸見 翔大
藤本 大貴
伊瀨 吏沙
加部 昌凡
廣石 真奈美
荒岡 真衣
〔著者〕
山下 慎平
苧坂 恭子
大西 正芳
黒田 健太
德永 貴仁
渡邊 洋往
奈須 正裕
鹿毛 雅治

【本校研究の基盤となっている主な理論】

〔社会構成主義〕
 現実の社会現象や、社会に存在する事実や実態、意味とは、すべて人々の頭の中でつくり上げられたものであり、それを離れては存在しないとする社会学の立場。学習とは、外から来る知識の受容と蓄積ではなく、学習者自らの中に知識を精緻化し(再)構築する過程であるとする。
 社会構成主義の学習観は、次の3点を前提にしている。
 ① 学習とは、学習者自身が知識を構成していく過程である。
 ② 知識は状況に依存している。そして、おかれている状況の中で知識を活用することに意味がある。
 ③ 学習は共同体の中での相互作用を通じて行われる。
 このような前提により、学習者は受け身的な存在ではなく、積極的に意味を見つけ出すために主体的に世界とかかわる存在になる。一方、教師は学習者を支援する役割を担うが、学習者にとっては多くのリソースの一つと見なされる。

〔正統的周辺参加論〕
 学習というものを「実践の共同体への周辺的参加から十全的参加(fullparticipation)へ向けて、成員としてアイデンティティを形成する過程」としてとらえる。
 学習者が獲得するのは環境についての認知的構造ではなく、環境の中での振る舞い方(状況的学習)であり、実践コミュニティに新参者として周辺的に参加し、次第にコミュニティ内で重要な役割や仕事を担っていくプロセスそのものが学習であるとする。

〔ナラティヴ・アプローチ〕
 ナラティヴ(語り、物語)という概念を手がかりにして何らかの現象に迫る方法。
 「語り」も「物語」も単なる出来事だけでできあがっているのではなく、その時の「思い」や「感情」なども語られるが、「思い」や「感情」だけでは「物語」は成立せず、出来事があってはじめてその時の「思い」や「感情」が意味をもつ。複数の出来事の連鎖、すなわち、複数の出来事を時間軸上に並べてその順序関係を示すことが、ナラティヴの基本的な特徴である。学習論としては、「我々はそれぞれの経験に沿って自らが生成した物語に意味がある」ことを前提とする。

〔認知的個性(CI)〕
 さまざまな認知的な能力やスタイルなどの個人差を包括的にとらえ直す個性の新たな概念。学習において、個人のもつ障害や才能も含めて多様な認知発達的特徴・個人差を、「認知的個性」(CI:CognitiveIndividuality)という包括的な概念でとらえ直すことで、児童生徒の認知的個性を識別して、学習を個性化する方策を探ろうとする。